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11月15日(火) 6時過ぎに目が覚めすぐに起きた。長年コーチ付きの練習を夢見ていたがついに実現する。それもオーストラリア2.4のワールドチャンピョンのマイケル・レイドン。楽しみでいっぱいだった。荷造りはもうできたので確認だけした。朝食を先生として、8時前に荷物を外に運んだ。セールが5枚で2本にまとめ、それにスーツケース一個、パソコンなどが入っている重いリュック。これだけの荷物を持ってリフトのないバスに乗り込むのは気が引ける。いざという時は決行するが今回は舵社の江上さんの好意に甘えて、最初はカメラの整備についでに福岡に行くという事で御願いしたのだが実はわざわざ空けてくれて送ってくれたのです。何もできないがせめて空港までと、本当にありがたく感謝です。 8時過ぎにはいつもヨットのメンテをしてくれているかんちゃんと彼女の真理ちゃんが見送りに来てくれた。セールが長いので鶴里会の映翠号で行く事になっているので朝早く南さんが野田まで案内して映翠号を取りに行き、それから私と荷物を乗せ一路空港へ、お金はできるだけコーチ代に使ってと高速代もガソリン代も江上さんが出してくれた。涙が出そうだった。今回の滞在は三ヶ月間、食住とチャーターボートにコーチの日当、その上に1月のワールドの費用を合わせると正直に大変な額になる。幸いいままで節制して来ているのでなんとかなりそう。来年も来るのでしたらスポンサーを探そうと思っている。 空港まであっという間であった、ヨットの事、レースの事などで話は尽きなかった。 11時過ぎに空港に到着。今回使ったEチケットにEビザーはとても便利で、家で申請し、そのままパソコンで打出して持って行けばいい、インターネットの時代の実感ができる。ここまでできれば結構な経費節減かできるのでは、すべてスムーズに手続きが終わって荷物から解放された。江上さんと昼食後出国手続きをして搭乗待合室へ午後一時45分予定通り離陸、1>時間半後にはインジョン空港に3時過ぎに到着。次のシドニー行きのフライトは8時で有り余るほどの時間があるので空港をくまなく散策、隅々を探検して2時間かかった。広い空港内を歩き回ったので疲れた。帰りはこの空港で一夜を過ごすので勉強になった。今回初めてアジアナを利用するが思ったより良かった。8時のフライトも予定通り離陸、両隣りの席を空けてもらったのでシドニーまではとても快適に過ごせた。映画はなんチャンネルもあったがあまり面白くなかった。本を読んだり、寝たり、音楽を聞いたりして過ごすと9時間半の旅はあっという間だった。 |
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| 11月16日(水) 着いたシドニーは曇りで風がとても強く、小型プロペラ機に行く間あおられてしまった。初めの計画では電車で行く予定だったが荷物が多い上に乗換えがあるから不便であるので飛行機にした方がいいよと空港の職員がアドバイスしてくれた。飛行機だったらちょっと横移動するだけで済むので飛行機にした。当日のチケットを買って、国内線の出発ターミナルへ、国際線と隣合せだから便利。日本の空港もいろんな利便性を考えないとアジアのハブ空港の役割から他の国に移ってしまう、アジアの国は虎視眈々に狙っているのに日本はのうのうしている。 空港についたが迎えに来るはずのスチュアートの姿が見当たらない。なんとなくその気がした。デスクの電話を借りてかけたが、事務所も携帯も留守電になっている。2時になって電話をしてやっと繋がった。これから迎えに来てくれると。3時近く現れたのはスチュアートではなくマイケルだった。スチュアートが忙しいからオーストラリア一のマイケルを紹介してくれた。マイケルはオーストラリアのコーチだった。空港から30分キャンベラの郊外の一軒家に一人と猫2匹で住んでいる。一人で住んでいるのは広すぎるぐらい。空いている6畳一間の一部屋を案内されて、これから三ヶ月住む僕の部屋だった。 荷物を置いた後、マイケルといろいろ話し合った。まず部屋代週100AU$で月400AU$、コーチ代は一日200AU$なので週一回ぐらいしか雇えないよ。と言ったらこのようなスケジュールを作ってくれた。土・日はレースで、月曜日と金曜日は休み。火曜日、水曜日、木曜日が練習日で、水曜日だけコーチしてもらう。移動はコーチが全部車で送ってくれる。車がないとどこにも動けないキャンベラである。なんとか自分の予算内に 収められそうで安心した。 夕方トワイライトレースがあるから一緒に行く事にした。キャンベラのヨットクラブ、隣りにセールアビリティーズとYMCAのべースがある。2.4はYMCAから出すようです。さきほどまで仕事をしていたサラリーマンや制服の学生達がぞくぞくと集って来る。マイケルはリオット7の参加。本部艇は陸にあって、湖の中央の北よりにリミットマークがある。私は陸の本部艇の前で見ているようです。既に狭い湖の中にヨットがいっぱい浮んでいる。数えてみたら50艇あった。ウィークデーの夕方によく集るものだなあと感心した。 上下1マイルを3回、スタートは5分おきに次々と違う艇種がスタートして行くのは壮観だった。1時間半ぐらいでレース終了。とてもたのしかった。マイケルが乗っている艇は半艇身差で二位でした。それから、ヨットを上げ、片付けて、ヨットクラブに行く、マイケルは何人かの役員に僕を紹介してくれた。レース結果の発表後解散となった。八時を過ぎていたので腹ぺこぺこ、マイケルが気を使って中華料理にしてくれた。お腹が空いていたので一気に食べてもオーストラリアの量はアメリカと同じ。結局半分は持ち帰りになった。さすがにとても疲れたのが家に帰ると、どっと疲れが出て、マイケルも同じだった。寝たのは11時過ぎだった。 |
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| 11月17日(木) キャンベラと日本の時差は通常は1時間だが夏はさらにプラス1時間で2時間の時差である。ベットが少し柔らかいので寝難かった。目が覚めたのはもう朝の7時半だった、まだ少し疲れが残っているが起きる事にした。メールをチエックしたり、部屋の掃除をしたり、荷物を出して使い易い所に置く。さらにシャワールームが狭いので、バスタブを使う事にした。使われた形跡のないバスタブを綺麗に掃除した所で午前中終り、マイケルが午後マッサージの仕事があるので、一緒に出掛ける。 キャンベラ郊外はとても広く車がないと不便である。ここは車社会である。バスは走っているがリフト付きではないようだ。マイケルの勤務先の病院まで行き、僕は向かいのモールでショッピング。今回は多くの出費があるので無駄な出費は避けたい、その上外食は高い上量も多い。なるべく自分で作って食べる事に心がけよう。大きなモールでしたので、食べ物を見たらお腹が空いたのでフィッシュ・アンド・チップス・アンド・サラダで8.2ドル、ボリュームたっぷりでした。それからスーパーで食料の買出し食材は日本より少し安いようです。マイケルが4時過ぎに仕事が終り、一緒に銀行に行ってくれた。口座は作れたが4時半過ぎたので日本円をオーストラリアドルに交換できなかった。明日の朝に再度行く事になった。 家で帰ってすぐ夕食作り、トルティア、にローストチキンにサラダ、ちょうど食事時にマイケルの友達がいらしたので、三人で一緒に夕食を食べた。自分で作るのは少し面倒だが外で食べるよりはずーと安いからなるべく作る事にする。ゆっくり風呂に入り、シーツと共に洗濯したが乾燥機が壊れていたので、今晩はシーツなしで我慢我慢マイケルが外に干してくれた。寝るまで時間があるので、日記とお金の計算をした途中で眠くなったので寝る事にした。時計を見たら12時過ぎていた。 |
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| 11月18日(金) 7時に起きサーモンとチキン・チーズの二種類のサントイッチを作った。朝食用と昼食用であった。マイケルは8時から仕事があるので、食べてすぐ出た。私はのんびりと日記を書いたり、部屋の掃除をした。10時にマイケルが戻り、昨日と同じ場所でマッサージの仕事、私は仕事場の迎いのモールへ、銀行で日本円と一部の米ドルをオーストラリアドルに換え、必要な分を出してもらった。マイケルの仕事は6時半に終わるので、持ってきた昼食を食べそしてショッピングモールを見学して待った。パソコンも持って行ったのでまだ完成していない日記を書く。なんとか日記は当日に書かなくてはと思っているがなかなか追いつかない。 昨日今日二日間モールを見て廻ったが食べ物は全体的に安い、特に肉類は断然に安い。外で食事をすると最低でも8ドルはする。サンドイッチ類は5ドル近辺。自分で作ると半分以下になるから買ってマイケルと食べている。自分一人だったらもっと安くできるが食生活の違うオーストラリア人と一緒に食べているので相手が何を好んでいるのかななかわからない。 夕方マイケルが仕事終わって、スチュワードの家に2.4を取りに行く。空港を挟んでの反対方向だった。周りは牧場のような隣の家は大部離れていた。工場と家に別れ、工場の中には4、5種類作りかけたヨットがある一番奥に2.4のモルトがあった。俺の作る2.4は一番と細かく説明してくれた。もう8艇ぐらいの注文か入っている。中国や香港などからもオーダーが入っているようです。北京の出場権が取れたら彼にヨットを作ってもらおうと思っている。中の艤装はいま手伝ってくれているかんちゃんと相談しながら仕上げて行こうというアイテア。6週間もあれば作れると、スチュアートの2.4はペダルで動かしていたのでティラーにするためのパーツを探したり、急遽作ったりと、2.4を引いて家に帰ったのは10時半だった。それから食事を作って食べた。 |
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| 11月19日(土) 平日はだれもいないのに土曜の朝に行ってみると、いろんなヨットか車に引かれて次々とやって来る。マイケルは午前中YMCAでセーリンクを教えている。私は一緒にいて見学と英語の勉強。天気はすっといい上に乾燥している。この湖はそんなに大きくないのに、キャンベラヨットクラブにYMCAのセーリングラフ、それに大学とボートのグルーブかある。周りが全部海の国よりも大陸国の湖の方が水と遊ぶ方法を知っているのはやっぱり文化の違いからでしょうか、午後になれば更にヨットが次々運ばれて来る。YMCAの売店でホットドックを食べ、マイケルと同じレスキューボートに乗ってレースを見学した。フリートか小さいからそれそれの運営は艇種事でやっている。 今日の運営はちょうど2.4クループか当っていた。本部艇は三人、レスキューボートが二艇たけ運営している。次々5分間隔でスタートして行く、毎週二回はしているから、みんなレース慣れしている。1キロぐらいの上下のコースを三レグ、風は弱いと思ったらしばらく立つと強風になり、レースか終わる近くには雷と少しの雨か来ていた。風のアップダウーンが激しいから難しい。いい勉強になりそう。レースの片付け全て終わったのか5時、それから2.4のセット、足用から手用に換えるだけでも結構大変、みんなある部品で作って仕上げて行く。ティラーのセットが終わったのが6時、また車で引いて帰る。6時過ぎには家に着いたので今日はゆっくり休める。外に出掛けるとなんだかんだやっぱり疲れる。ティラーを取り付けたが重いので、もっと軽くしなくてはと。それから風呂に入り、寝たのは12時。毎日朝出掛けて、夜帰っているので結構疲れる。 |
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| 11月20日(日) 最初の日曜日はゆっくりと9時まで寝ていた。普段の違う環境に自分を合わせて行くのは少し時間はかかるのはしょうがない事ですから、皿が当る音がしたからマイケルはもう朝食を作っていた。スクランフルエッグにトーストにフルーツヨーグルト、私にとっては十分。食べ終わると昨日からスーツケースがあかなかったので、番号が違うのかと、いろいろやって見たか結局元の番号であいた。 午前はメールの返事を書く、日本に昨日ピータートンプソンが話したソナーの情報を流した。午後はキャンベラヨットクラブでのレースを見る。マイケルはエリオットグループで参戦。陸のすぐ近くにスタート地点とフィニシュ地点があるからレース全体かよく見えた。来週の水曜日からからコーチか入るか時間かある時、教えてくれたり、質問したりしている。レースか終われはきっと飲みながらの情報交換、マイケルも僕も飲まないから楽でいい。クラブ関係の方に紹介してもらった。六時過ぎには家に戻った。冷蔵庫の中のある物で夕食を作った。夜はゆっくり遅れた日記を書く事かできた。 |
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| 11月21日(月) マイケルが午後から出勤するので一緒に出る。郵便局に行きたかったので、いままで仕事場の近くのモールに行っていたが今日は家の近くのもう一つのモールに行き、待合せ場所を決め、フードコートで一緒に昼食を取り、私はキッシューとサラダとフルーツで7.5ドル、マイケルはフィッシュ・アンド・チップスにサラダ。食べ終わるとマイケルは仕事、私はそこに残り4枚絵葉書を書き、郵便局に出した。一枚1ドルだった。それからパースまでの航空運賃がどのぐらいか旅行会社に調べてもらったら、509ドル、ピータートンプソンはインターネットでは安いチケットかあるよと教えてくれたので、見てみると466ドルだった。もっと安いチケットがあるかも、時間ある時にまたインターネットを見てみよう。 それからモール内を散策。そう言えば年末も近いから年末商戦もそろそろ力を入れ始める時期かなあ、こちらはクリスマスと言っても雪のないクリスマスになるのだが店のサンターさんがカタログやクレジット加入の勧誘をしているのを見ると今年もわずか一ヶ月足らずとしみじみに思う。今回は荷物も多い上、高額の出費なので、お土産を考えていなかったがたまたま入った店にオーストラリアの特産品(エミュー、ユーカリ、マカデミアナッツにアホガド)で作ったクリームがあったので、数個買った。長年安いエシプト綿100%のシーツを探していたがせっかくあったのにサイズが合わなかった。日本から中袖の物をほとんど持って来てなかったので、よさそうなのがあったら買うと思ったがこちらはほとんど夏用の物しか置いていない。こっちの人は寒くないのかと思ったがマイケルがフリースを着ているのを見るとやっぱり寒いものは一緒だと思った。 夕方前になると制服を着た学生をよく見る。欧米では制服を着ている学校は少ないがこちらの学生の制服は結構普及しているのでびっくり。マイケルとスーパーで買物して、その夜はオージービーフといろんな野菜の炒め、日本から持って来た醤油も入れたためかいっそう美味しかった。 |
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| 11月22日(火) 今日はマイケルの仕事の予約かいっぱい入っていてどうしてもハーバーに行けないので、私は終日家で過ごす事にした。そうそう三箇所にいまの書いた日記を送っている一つは養護学校(別府発達医療センター)卒業生などの鶴里会、それにヨットエイドジャパンの本部、そしてヨットエイド九州。ここではホームページで紹介する事になっている。もう一週間経っているのでそろそろ送らなくてはと思っていたので、それを仕上げて、写真と共に送る事ができた。 一人で家の中にいても全然寂しくない。やる事が沢山ある。たまには猫2匹と遊んだり、白の方がロウキーで三毛の方かスナギー、来て一週間はずーとよそ者扱いで避けられたり、そばに寄らなかったがここ2、3日から変って来て、寄って来たり、甘えるようになった。甘えたりする仕草がとてもかわいい、でもいつでも愛想がいいのではなく、いやだとすぐそっぽをむく、ここが犬と違う所、犬しか飼った事がなかったが猫を観察するだけでとてもと新鮮。 1月のパースで世界選手権があるのですが2種目のヨットが同日開催される。一つはいま私が乗っている2.4ともう一つ三人乗りのソナーというヨット、日本から持って来ると運賃はもう目が飛び出る感じで、結局開催地のヨットクラブを通して借りる事になる。借りる費用と当地までの輸送費を加えるとこれがまたとてもとても高い。でも他になければもう借りるしかない。参加するソナーチームのチャーターの件でまだ返事が届かない。という事ですぐチャーター会社の人に連絡したらメールが日本から届いていない事を知り、急ぎで日本の送り先をメールしたがこれもまた届かす、メールを一度送ってもらって、その返信で送り返したらやっと届いていたようで、その後日本にも見積もりが届いた知らせがあった。輸送費が借り賃の2.5倍だから、なんとかもう少し安いようにと話した。ヨットのレースでヨットの本体を準備するのがいつも一番大変、日本から送るとどこに送っても目か飛び出るように高い。止むを得ずにチャーターするのだがこれも高い上、普段乗りなれていないハンディーまでつくのである。一番いいのは日本からどこでも安く運べるといいだが。午前中ほとんどパソコンの前にいたので、ヨットエイト・シャパンの大塚さんからレスポンスが早いと褒められた。それはそうです。パソコンの前にいたのですから・・・。 |
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| 11月23日(水) 朝のニュースではサンダーストームが来る。どんよりとした空、キャンベラに来てずーと天気が良かった。雲がある時と全然ない青一色の二つのパターンだった。昼間は暑いですか風はとても涼しい、時々寒いとさえ感じる。朝と夕はTシャツ一枚では寒い。フリースと長袖のシャツを持って行ったのでよかった。空気はとても乾いている、唇や手か乾燥しているのがわかる。直射日光も強い、いくら強い私でも毎日ですと防御しなくては。 キャンベラは作られた町で、まだ市の中心には行っていないがこれからセーリングする湖も人造湖。すべては人間が設計したそうです。マイケルの家は閑静な住宅街の中にある。周りは緑か一面あるので、日本のように圧迫感はない。車や雑音はいっさいなく、鳥のさえすりだけはよく響く。家から出るとすぐ幹線道路で、道から見る景色はクリーンベルト、近くには高い山はないがその代わり丘があっちこっちにある。ヨットクラブやYMCAのハーバーから木の上にビルが見えている。ビルの屋根が中国風だったので聞いたら中国大使館だった。きっとその方向が市内であろう。 YMCAのハーバーに10時過ぎに着く、艇庫から2.4をひっぱり出す。桟橋の近くの芝生でマストを立て、マイケルはテキパキと艤装をしていく、桟橋には小さな手動のクレーンが据え付けられている。人力で廻して降ろす。動かす範囲か狭いからそんなに大変ではない。ただ車椅子の位置から高いので廻しづらい。艤装か終わるとマイケルが2.4に乗り込み一回りして調整してくれた。そしていよいよ私が乗り込み風は微風から精々3、4m、始めて乗るヨットはなかなか乗り辛い。スチュアートの2.4のサイドスティーは可変式で、慣れるまで時間がかかった。サイドスティーを動かす作業が増えるがフリーが有利になる。マイケルは今日岸から写真やビデオを取って、夜見せてくれた。一回目のコーチングでいろいろと収穫があった。2時から4時に用事かあるからマイケルは去り、YMCAのベースからキャンベラヨットクラブの間いつもレースが行われる水域で、上下のレグを2時間半練習した。移動サイドスティーの使い方かわかってきた。ハーバーに着くとまだマイケルが来ていなかったので、桟橋に上がり片付けに入った。桟橋は無数の鴨のうんちがいっぱい、気持ち悪いから掃除をした。5時過ぎにマイケルが戻り一緒に片つけてキャンベラヨットクラフへ。正味5時間半だったがとても有意義であった。トワイライトレースが6時に始まり私はまた特等席で見学、レースを観戦するのもとてもいい勉強だった。帰りの車の中でマイケルがいろいろと指摘してくれた。日記に書くととても長くなるので、また別の機会でと思っている。夜の風の中での観戦は寒かった。シャワーを浴びて、マイケルの作ったパスターを食べたのが9時過ぎだった。その後写真やビデオを見ながらいろいろと説明しくくれた。有意義な一日たった。 |
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| 11月24日(木) 練習は午後の予定なので午前はいつもより1時間半寝坊で8時半に起きた。マイケルは仕事に、私はゆっくりと朝食を作り、テレビの天気予報を見る。今日も曇りで雲が多く、ただ昨日のような黒ではなくクレーである。時折陽が顔を見せる。またまた遅れた日記を書き続ける。今日嬉しいメールがありました。日記を楽しみに見てくれる人がいるようなのでいっそう気合かはいった。昨日マイケルがアドバイスしてくれた事を書き止める。いままで勘違いしていた所もあり改めてヨットが奥の深い競技である事を認識した。 午後になって雲行きがもっとあやしくなり時々小雨が降っていた。マイケルから電話か入り、マッサージが何人も入ったので、今日は中止になり、DVDの映画鑑賞となった。マイケルは沢山のDVDソフトを持っているその中で私がまだ見ていない方が多いから時間があったら見ようと思っている。オーストラリアの人はシャワーで済ませる人か多いみたい。ホテルでバスタブかない所もあるぐらい。家の場合としての設備はあったがマイケルは使った形跡がない。今日みたい最低気温か11度の時は暖まってふとんの中に潜り込みたいので、思ったら即実。行危うくバスタブの中で寝てしまいそうだった。 |
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| 11月25日(金) 食べ物がなくなって来たので、近くのモールに歩いて行こうと思ったが雨が降っていたので、マイケルが働きに行く時に送ってもらった。入り口にはピエロやクリスマスを祝う。小学生一団がいた。可愛かったので、写真に取って見ました。その後スーパーへ、9時に開くと聞いたが行って見たらもう開いていた。それから自分とマイケルが共通に食べられる物と言っても私は好き嫌いなしですから、マイケルがだめそうなのを外す感じ、1時間ほどの買物をして、運動の積もりで帰りは歩き、モールを出て、橋を越え、湖を半周ほど歩いたら到着、27分かかった。買った物を紹介します、そうすればだいたいこちらの物価がわかるとので、左からベーコン3.3ドル豚の皮まで付いているのでとても美味しい。ソーセージ5.49ドル良く見ると皮なしだった、ちょっと扱いづらいがこれも美味しかった、リンゴ2個0.95ドル、ぶどう皮付きで種無しとても甘くて5.81ドル、二段目ビーフのミンチ2.89ドル、にんにく1個0.22ドル、スッキーニ4本1.73ドル、三段目ラムのチョップス4.51ドル塩と胡椒だけでグリルで最高だった。臭みもなく牛のプルコギと一緒で美味だった。その隣りの黒くてビニールに入っているのはチキン・カバブ3.96ドルで焼いたらとてもいい香りで醤油と蜂蜜のたれこれも好評、にんじん5本1ドル、ブロッコリー1.46ドル、洗っていないポテト8個2.43ドル洗っていると1キロの単価が高い、ポテトは常食でゆでたり、グリルしたり飽きない。他にも細かいのを買って、トータルで35.53ドルだった。これで4、5日は持つ。やっぱり自分で作った方が断然に経済的で美味しい。自分でやれば自分好みの味に仕上げられるから飽きないで美味しく食べられる。外ですととても不味く感じる未知のスパイスがまだまだあるから世界は広い。昼食はカバブ安くてあたりだった。ラムのチョップスはガーリックで仕上げようと思ったがマイケルはガーリックがだめなので、塩と胡椒だけであっさり仕上げても、最後は二人で骨をしゃぶっていた。いよいよ明日からレース。予定では6レースの予定、いつものより少し早めに休む。 |
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| 11月26日(土) 第一レースが9時半からという事で起床は6時半、トーストにベーコンエッグとしっかりと食べた。8時に YMCAに到着、まだだれも来ていない。天気が悪いからでしょうか?こんなに早く来たのは始めてだよとマイケルは言う。私のボートの手伝い後、自分のボートの準備があるからレースに間に合わないのを心配してる設定だったんだから、でもさすがここはオーストラリア、みんなが遅れ気味に来ているので、当然レースのスタートも結局11時になった。事務所でエントリー費40ドル払って、帆走指示書をもらう。エントリー費結構高いがこれでクラブを運営しているのだからしょうがないかも、ちゃんとりっぱな艇庫も運営艇もミーティングルームもシャワールームも売店もあるのだから、これらすべて合わせてハーバーという、日本はまだまだ意識の改革が必要と思った。2.4は第5ディビィジョンのスタート、ディンギーを5ディビィジョンに分かれて、それぞれ5分間隔でスタートして行く。第1レースのスタートは微風で少し遅れた。それでも1下までトップだったがウィースカーポールがもたもたしている間にオーストラリアNO.2のピーターに抜かれてしまった。途中で風が強くなったり、シフトしたり、ばったり止んだり、と忙しく気象の変化があって、大部追い詰めたが2位でした。 第2レースはイーブンの感じで1下でノーレス、雨がどしゃぶりで、ストームそれもサンダー付きのが来るのでハーバーに戻れと指示があった。とにかくすごい雨でした。その内低く真っ黒な雲が近づき、稲妻、と雷、強い雨の三重奏、いつ落ちて来るのかスリル満点だった。100艇くらいいるからまぁ自分に落ちたら運が悪かったとしか言いようがない。幸い雷は他所のどこかに落ちたようだ。ピーターはうまくなったと褒めてくれたが褒められるようではまだだめだなあと自分を戒めた。ピーターは健勝者のオーストラリアNO.2の実力者ですから2000年のメルボルンと2004年の健勝者のワールドで知っているので、少しは上達したという事は嬉しい。 結局夕方になり、レースは明日に。BBQを申し込んだので、着替えて、腹ぺこぺこの状態でオージーステーキ、ソーセージにサラダが5種類ぐらいにパン、デザートにはケーキにアイスクリーム、私はアイスクリームだけにした。写真を撮るつもりだったのに食い気が先に来て忘れてしまった。みんなとレースの話などで盛り上がった。帰ったのが9時過ぎであった。オイルスキンを干し、暖かいハスタブに浸かって幸せを感じた。明日はピーターに勝ちたい。 |
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| 11月27日(日) 起きると窓を開けて空を見る、今日もいまにも降りそうで、風も昨日よりあるようです。今日はレーススタートが10時半の予定だから7時半までは寝てられる。それからベーコンエッグとトーストの朝食をしっかり食べて、YMCAに向かう車の中では風は強めでガスティーだそうです。マイケルが聞いて嬉しそう。ガスティーな風は大好きだそうで、YMCAに着いたらもう順番にみんなで2.4を降ろしていた。準備を手伝う。家からもう着替えて来ているので、後はトイレに行くたけ。 10時前には2.4に乗って、チェックをしなから本部艇のいる方に向かう。可移動式サイドスティーの使い方が良くわかった。あとは練習で忙しい中で更にスピードを上げて、吸収していかなくてはと思った。1レース目スタートが悪くそれから少しずつつめたがウィスカーの出しが遅すぎたので結構差がひらいて2位。2レース目はいいスタートでしたが、数秒差で逃げ切られ2位。3レース目は最高なスタートをしてそのままこっちが逃げ切って初めてピーターに勝って1位に。4レース目は風のアップダウーンが激しく、この最終レースも2位でした。終わって、着替えて、表彰式で2.4クラス総合2位の楯を頂いた。それから5艇の2.4を上げ、艤装を解いて、船台に載せそして車で引けるように全てが終了したのが7時、2艇ピーター家に持って行くのが私もそのままドライブ初めて市内に入る。緑の中の都市、土地が広いから高層もあまりない。キャンベラと言わなかったらどこかの欧米の地方都市と変りはない。2.4を運んで、市内のレストランに入った。エチオピア料理、既にピーターの奥さんが待っていた。紹介され、始めてのエチオピア料理はスパイシーであまり美味しくなかった。とにかくハット(辛い)なのである。ピーターはヨットがうまくなったねと言ってくれた。さらりと最高なコーチがついているからねと返した。食べ終わって、疲れがピークだったのか、歩道から道路の段差をウィリーで降りようとしたら転んだ。そうしたら同時に三人の人が飛んで来た。膝と肩を打ったが対した事なかった。風呂に入ってすぐ寝た。 |
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| 11月28日(月) 今日は休み。サラリーマンをやめてから休もうと思ったらいつでも休めたので、休みたい気持ちかなかったし、ありかだみも薄くなっていたのだが、ひさしぶりにゆっくり休みかほしいと思っていた。いつもよりちょっとだけ遅い8時に起きる。朝食をと思ったらパンにカビが生えていた。なので、朝食は日本から持って来たたまごスープ、200円で5袋が入っている固形のやつ、お湯さえ注げばだしがきいて、たまごとシイタケと若芽と香りが広がる。非常食だったのにもう残り後一回分になった。大好きなごはんからしはらく離れているから代わりの物か食べたいのかと思う。いま中心に食べているのは芋とパンですから。 朝やるのはオイルスキン(海用のカッパ)を洗うこと。海ですと塩と微生物が入って早く洗わないと発酵するのがとてもいやな匂いを発する。ここは湖で真水なので少しは楽、ただ汗をかいだりしているので洗って干した。乾燥しているので、乾きが早い。朝晴れていたと思ったらまた曇っていまにも雨が降りそうな天気に、来た時はずーと天気がよかったのに、ここ四、五日ずーと天気が悪い、酷い日は稲妻と雷付きだった。晴れていても太陽の下では暑いくらいが風は涼しく、曇ればフリースがいる。一日の中にフリースと短パンが共存する世界。 マイケル家の冷蔵庫が古いのか冷蔵が強すぎて中に入れると全てか凍ってしまうので、困っている。お昼は凍ってしまったトマトを全部トマトソースにしてミートソースのパスターにしたらうまかった。マイケルはおかわりまでした。それからDVDを一本見て面白くなかったので昼寝を1時間ほど夜は最高なディナーを作った。美味しいのがわかるのか猫達がみんな来て、机の上まで上がってマイケルが怒っていたぐらいだった。ラムのチョップは本当に美味しい。日本から持って来た焼肉のたれを入れたらもっと旨くなった。日記を日本に送ろうと思ったが終わらなかった。その内眠くなり、明日送る事にした。 |
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| 11月29日(火) 7時半に起き、先週一週間分のまだ書いていない部分を書き上げ、校正を行いそして写真を添えて、送り終えたのが午後1時過ぎで、朝マイケルが仕事に行って、お昼食べに帰った頃やっと完成した。ただの日記と言えとも毎日しっかりと思う事を書き、自分の歴史になる上、これからやって見たい人達の参考になれればと思う。一週間ぐらいになると結構なボリュームになる。一日一日しっかりと書けば一週間なんて気にもならないと思う。しかしちゃんと書かないでいると結局切羽詰って時間がかかってしまう。日記と写真を送り終えるとほっとした。 マラソンの通訳仲間がメルボルンで勉強しているので、日本の調味料がほしいというので買って来たがなかなか送る時間がなかったがマイケルが仕事に行くついでにモールまで送ってくれた。モールから少し離れたビルの一階に郵便局があった。ちょうど入る箱があったので、箱込みで10ドルくらいだった。それからスーパーで少し買物をした。 マイケルは4時過ぎには仕事が終り帰ってきた。それから二人で、マイケルの携帯が落水したので新しいのを探すために電気屋さんへ、その後、今日のレースのレクチャーがあるのでマリーナによったが、天気が悪いから中止になった。二人ともすぐ夕食を食べたくなかったので、家に帰った。私は日本の新聞を捜したがシンガポールの星島新聞があったので、モールの入り口の店で1ドルで買った。久しぶりに新聞を見て遠いアジアのニュースを知った。ニュースについてはそんなに飢えていない。インターネットがあるから、二日間連続でゆっくりした時間があるとすべてスムースに行く、夜はDVDの映画「ウィーロウ」を見た。 |
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| 11月30日(水) 朝起きて外を見ると相変わらずどんよりとした雲、地面を見るとさき一雨降った感じだった。昨日の予報では11−18度だった。日本もこのぐらいかなあ・・・最低気温がもう少し低いくらいでほとんど変らないと思う。友達から絵葉書が届いたというメールを受け取る。じゃ、家に出したのも届いているのでしょうか。今日はコーチングの日、マイケルが用事あるから11時に戻って来ると、セーリングはそれからになる。そして、12時過ぎ出発、家を出る時はまだ小雨が降っていたがハーバーについた時はもう止んでいた。普通の日だからハーバーはだれもいない、時々散歩で通り過ぎる人がいるぐらい。風はほとんど微風でマイケルが艤装した後、私が乗って練習、マイケルはもう一艇の艤装をし始める。天気かどんどん晴れて来て、暑くてオイルスキンを着ていられなくなったので脱いだ。それからいつも練習している水域に出た。そっちの方が広くて風がある。 1時間ほど練習したら、マイケルがもう一艇の2.4に乗って来たので、2艇での練習の走り比べができた。日本ではこれができなかったのです。特にダウーンウィンでの走りがとても勉強になった。ちょうど6時から毎週水曜のヨットクラブのトワイライトレースがあるからマークはもう何個か打ってあったので、そのマークで結局6時まで練習して、そのままレースに出た。と言っても2.4は私とマイケルだけ、走るコースがわからないので、とにかくマイケルに付いて行った。ほとんど離されずに付いていけたので良かったか、レース後マイケルが、「うまく走っている」と言ってくれた。また、「ただ日本から持って来たセールはドラフトが深すぎていて、シェープ、一番大事なのはリーチを常にコントロールできる事だよ。僕はドラフトが浅いセールが好きだ」と付け加えた。 7時頃に戻り、それから片付け、ピーターがいい時間で駆け付けてくれたので時間の短縮ができた。一回ことに艇庫から2.4を桟橋まで出し、船台の乗せてあるヨットのマストを立て、前後左右のスティーを立て、手動のクレーンで湖に降ろし、それから艤装、帰ってくるとその逆の作業がある。全て片付け終わってハーバーを出たのは9時を廻っていた。この時間ではレストランはもう閉まっているので、スーパーに行って買って帰るしか方法はない。スーパーは夜中までやっているそれだけありがたい。遅い夕食はマイケルがトーストの上にベーコンとチーズとトマトのせ、サンドを作ってくれた。朝食を食べただけだったのでお腹ぺこぺこだった。食べ終わるとしばらくテレビを見る、ローマ帝国時代の連続ドラマが面白かった。 |
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