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| 12月 1日(木) 今日から12月、キャンベラに来て、二週間が経った。なぜか思ったより長く感じるのは・・・。一日一日はすぐ経ってしまうのだけど、どこかギャップがある。やっと今日になって本来のキャンベラの天気に戻った。11−28度朝はふとんを引きずるが昼間はもうぽかぽか陽気で、フリースのままでは汗が出る。11時前に冷蔵庫を修理しに来たおじさんが昼ご飯前には修理を終えて帰って行った。温度調節のスイッチを交換したようで、その後の調子は良くなっている。やっと買った物の冷蔵ができる。スイッチ一個交換して300ドルは悪くない商売、もう長年使っているから新しいのを買った方がいいと思うのだが、、、物を大切にする事も大事な事と思った。夕方まで雨が降ったり止んだりとなかなか天気が回復しない、ここ数日回復しても一日ぐらいでまた天気が崩れるの繰り返し、大陸性だからでしょうか。 |
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| 12月 2日(金) 今日からまた天気が悪くなる上またサンダーストームのお出まし。いつ来るかわからないから昨日の洗濯物は外に干さないで家の中に乾すことにした。黒い雲は少しずつ近づいているがまだまた晴れを保っている。太陽が出ていれば半袖を維持できるが太陽が隠れたら、半袖では寒い。二枚の長袖は本当に重宝。セーリングのための物が多いからどうしても普段の荷物を減らさないといけない。今回のような長期だとすぐ洗濯しないと着るのがないのは不便である。 絵葉書などまたなくなったのでマイケルの午後の出勤でモールまで送ってもらった。髪が伸びたので早く切りたかった。モールの中には美容院を入れて何軒もあるので比較的庶民的な店に入った。一時間待ちなので予約して、その間モール内をぶらぶら、カットだけで21ドルは日本よりは安い。でも出来上がりは大不満、なんたっておおざっぱって感じで全然揃っていない、首のほうに髪の毛があっちこっちに入っているのでとても不快、早く帰って風呂に入ろう、食料も少し買って、早く帰ろうとしたらどしゃぶり、またまたサンダーストームのお出まし。この一週間毎日雷を聴かされている。しばらく待ったら大分雨が弱まったので帰る事にした。マイケルが送ってほしい時は携帯に電話してと言ってくれたが電話の控えを忘れたので、明るい内に帰ろうと歩きはじめた。 ヨットをするようになってから雨が全然気にならなくなった。例え濡れたとしても体の熱が逃げなければ、時たま雨に打たれながら歩くのもおつである。雨が弱まったと言ってもまだ降っているので歩いて10分で大分濡れた。時々雷や稲妻が光る。家まで半分まで行かない所で一台の車が止まった。乗っていいよ。でも大分濡れているが、そんなの気にしないから乗れよ。内の母も車椅子なんだと。どこでも優しい人はいるものだ。家の前まで送ってもらって、お礼を言って、車が走り去るのを見送った。家に入ったらマイケルはもう帰っていた。濡れた私を見て、早くシャワーを浴びた方かいいよと言ってくれた。自身も早くシャワーに入りたいと思っていた。それは寒いからじゃなくて、首のほうに入った髪の毛などの不快から早く解消したかったからだ。バスタブにお湯をいっぱい入れて、ゆっくり体を暖めた。髪もすっきりしたので気分爽快。 |
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| 12月 3日(土) 朝からもうレースの順備をする。いつでも出られるようにしたかったからだ。そう言えば朝はYMCAのセーリング教室だった。天気予報は強風でガスティー、おまけにサンダーストームまで付いている。マイケルのセーリング教室はいま10人の生徒がいて、それにお手伝いのスタッフが四五人、始めは講義、帆走理論について、こっちも一緒に勉強するが英語の場合はこう言うんだ。なるほどと一人で納得。いつのまにか私一人だけは英語教室になる。その間スタッフはヨットの艤装する。艤装が終わると一緒に講義に参加。講義は1時間で終わって、各自着替えてセーリング練習に入る。マイケルがポイントを言って、大事な場合は陸でシュミレーションをしてから湖に出る。二人一組で練習。実技ではそれぞれ伸び伸びと湖中を走り回る。スタッフの人はゴムボートに乗り、レスキュー活動を行う。風はますます強くなり、時々雨も強く降っている。気温も14、5度で、外に出るのをやめて教室で待機、オイルスキンの下は半袖だけであまりにも寒いので、オイルスキンの下にフリースを着てやっと落ち着いた。 午前中でセーリング教室は終了、午後はレース、自由参加である。みんなは売店で菓子パン、ホットドックやミートパイなどを購入して昼食を済ませた。私はここのミートパイが一番気に入っている。外はパイ生地で中はあつあつの濃いビーフシチューがいっぱい詰って、ボリューム感があるから一個あれば満腹、それで2.3ドル。今日のレースは隣りのキャンベラヨットクラブの主催で結構遠くからも参加しに来ている。マイケルが情報を仕入れている間、ミートパイと熱い紅茶を啜る。マイケルが戻り、今日のレースはクルーザ対象である事かわかり、私の出番はなくなった。実は、前から少しおかしいなぁとは思っていた。なぜなら、2.4が一杯も降ろされていないからだ。今日は2.4はだれも参加しないのだ。残念だが仕方がない。それから普通の服に着替えて、マイケルと一緒にクラブに行き、クラブハウスの暖かい所でレースを観戦、レース受付のエントリーを見ると100艇以上が集っている。日本もこの何分の一ぐらい盛んだったらいいのになあと考える。それには第一に広くだれでも参加できる環境を作る必要があると感じた。ここにはその気軽さがある。仕事帰りのサラリーマン、家族で、友達で、初心者でわからなければセーリング教室に参加、卒業しメンバーになれば保険付きでヨットを楽しめる。もちろんいつでもレースをやっているから、自分のスキルに合わせて参加できる。わからなかったら、レース経験の先輩達に聞く、日本が欧米に追いつくには気軽にできる環境を早く作る事と思う。 今日の瞬間最高風速は30.4ノットだった。夜のディナーパーティーに、マイケルは参加できるようにしてくれた。会長が簡単に謝辞を述べ、レースの写真がスクリーンに映し出され、クラブのレストランには百を超える人が一緒に食事、日本にはいつになったらこんなヨットクラブができるのだろうか、、、肝心な時の写真を取るのを忘れた。パンが一個、飲み物はそれぞれ自分の飲みたいのをカウーンターで買う。メニューを見るとメインがチキンかビーフ、飛行機の定番だと一緒にしては困る、こちらの方がずっと美味しい。肉の量だけでも大違い。デザートはプリンかケーキ残念ながら写真を取り忘れた。一度でもワールドに参加したら海外でのパーティーがいかに長いのかという体験を必ずする。人数が多いから料理が出てくるのが遅いのもあるがしゃべる話題がとにかく乏しいという事。結局11時過ぎに帰った。レースもしないのに疲れた。 |
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| 12月 4日(日) レースがないので見に行くと帰りは夕方になるし、今日は家に残る事にした。オーストラリア人は結構いいかげんであるから、マイケルはまだいい方かも、スチュアート(私がチャーターした2.4のオーナー)は最初いつでもキャンベラにお出でよ、一緒に2.4で練習しょうよ。家にいつでも泊まっていいし、そう何度も言ってくれたので、思い切って来た訳であるが幸いマイケルがコーチを受けてくれて、宿泊も妥当の家賃で泊まる事ができた。スチュアートはボートを貸してくれただけで、まだ二つの問題が残っている。一つは保険に入る事と、もう一つは2.4をパースまでの往復の手配か終わっていなことだ、12月に、シドニーでレースがあるからみんなで行こうという話しが出ているがとうするのか、早く決めないとパース行きのチケットやホテルも押さえないといけない、困ったもんだ。まぁ郷に入れば郷に従うというからもう少し様子を見よう。マイケルが5時前に帰って来た。ご機嫌だったので聞くと総合で二位だったそうです。 土・日こちらのテレビでよくクリケットの中継をしている。日本にはほとんど馴染の薄いがここでは結構メジャーなスポーツでテレビ番組の中でも一番中継が多い。野球はこのクリケットから進化したと言われている。見ているとそう思える気がする。 |
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| 12月 5日(月) 朝4時50分に目が覚め、確かめようと思って居間のテレビを付けた。そうしたらやっぱり、NHKのニュースが終わり掛けていたのだ。2000年のワールドでメルボルンに行った時、朝5時頃に日本のニュースをやっていたからいまでもやっているのではと確かめた。まだこの時間帯にやっていた。毎日見たいが4時ではなかなか起きれない。メルボルンではその後中国語放送たったが眠くなったので、部屋に戻った。いまの時代インターネットで日本にいるような環境でなんでも見られるから、朝4時に起きてニュースを見ようと思わない。昔だったら情報に飢え、見ていたかもしれない。 午前中マイケルも仕事がないので、家の中の大掃除。私も手伝って、庭レンガーの間の雑草を取る。一番オーストラリアに来ていやな事は外に出るとすぐ蝿が飛んでくるのだ。それも目や鼻と口に止まる、追い払っても追い払ってもすぐまた戻ってくる。とてもしつこいからその内人間の方が根を上げる。部屋の中に猫が二匹もいるので汚れるのはしょうがないが掃除機をかけ終わったばかりだからどこも綺麗になっている。 午後マイケルは仕事。また一週間が経った。やっと天気が夏に戻り落ち着いた晴れに戻っている。日中は28度まで上がり半袖でもいいようになった。いままでの資料をまとめたり、持って来た英語の資料もまとめたりした。 |
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| 12月 6日(火) 庭がまだ陽が当らない時間に中庭の草を取り、昼間の運動になった。オーストラリアは人か少ない上土地かいっぱいあるから、家はほとんど平屋で庭が広い。一日ずーと家にいるのがいやだから、マイケルの出勤と一緒にモールまで送ってもらう。モールはもうクリスマス一色で、買物するとレジーでお釣り渡されると必ず「いいクリスマスを!」と言われる。まだまだ先なのに、こっちは12月に入ればもうクリスマス月だから、みんな嬉しいのでしょうね。テレビも盛んにバーゲンの宣伝をする。公衆電話で実家に安否の電話を入れる。親父が絵葉書届いたよと、日本より大分時間が掛っているのは何故、、、。 昼食はモールの外にある中華にした。米が食べたかったが味も米もいまいちで残念。本物の和食か中華が食べたいよ。パンも芋もあきてきたから。米は世界一と思った。いつ食べても美味しいし、なんだってあきないからね。中国語の新聞を買うのも定番に。マイケルは思ったより早く2時過ぎには仕事が終わり、一緒に食料を買い込んで家に帰る。マイケルの友達から電話で泳ぎに来ないかと誘われた。こっちのいろんな家を見るのも面白いから一緒に行った。車に乗った瞬間、またまたサンダーストームのお出まし、幸い友達の家に着いたら、雨は小降りになった。母屋があって、いま離れを作っている感じで工事中、それも仕事の合間の趣味で作っている。そういえばこっちの工具を売っている所は家を作るパーツはなんでもそろう。プロに売る物まで、こっちは自分で家を作る人が多いのかも、母屋と離れの間に庭と20Mプールがある。マイケルと友達が泳いでいる間、私は犬と遊んでた。最初は吼えていたがちょっと触ってあげると、とたん親しくしてくれるようになった。むつごろさんまではいかないが犬には自信がある。大抵の犬はちょっと触れば友達になれる。1時間で家に帰る。6時半から、マイケルの裏庭でご近所が集ってのクリスマスパーティーがあるから、マイケルは二品提供、チーズとパイナップルを刺し、オードブルに、それからオーブンで買ってきた鳥を暖め、10数人集った。それぞれ食べ物と飲み物それから椅子を持って集り、自己紹介と名札を胸に張り、普段は顔を見る事もないご近所、集まりと国際色豊か、オーストラリア、インド、ニュージランドに日本。8時過ぎ、そろそろ暗くなるまでしゃべった。明日はいよいよ週一回のコーチング付きのセーリングだ。 |
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| 12月 7日(水) 朝外を眺めると風がとても強い。天気は快晴で最高だが、インターネットでキャンベラヨットクラブのホームページのウェーザーステーションで風速、風向、平均、その他の計測もいろいろ入っている。それを見ると30ノットを行ったり来たり、最高が35.4ノット、マイケルはYMCAで打合せもあるし、取りあえずハーバーまで行こうということになった。 ハーバーはいままで見た事のない光景だった、桟橋の上に波が次々打ち上げられている。湖の中で波か立っている、風のシフトで波形が変わって来る。打合せ後マイケルはマッサージの予約が入っているから4時まで戻って来ない。ハーバーで待つ事になったがこれが失敗、風は落ちる事なく時々更に強くガスティーな一日だった。ハーバーの周りは公園になっているから、体を動かし散歩、午後の一時前に戻ったら売店はもう閉まっている。昼飯抜きになってしまった。幸いバナナを一本持って来たので、食べようとしたら黒鳥一家が寄って来たので、分け合って食べた。日差しがどんどん強くなってハーバーは誰もいないようなので、建物に入って休もうと思ったらダンがヨットを出して艤装している。先週のレース後イギリスから来た、YMCAで夏休みのセーリング教室を受け持つみたい。暖かい所がいいからこっちに来たようだ。 一年間のワーキングビザーでキャンベラを三ヶ月、あとは他の所でセーリングを教えるそうだ。いいなぁ、私も若かったら、、、艤装した後二艇3人で強風の中に出た。いつか自分もどんな強い風の中でも楽しめるようになりたいと思った。彼らが出て、ハーバーはもう私しかいない。建物の中に入って、マイケルに言いたい事を書きとめた。それは、水曜日は私のコーチングの日だからなるべくあけて欲しい、強風でできない日はしょうがないが、朝家でハーバーの状態がわかるから朝の時点でやるかやらないかを決めてほしいと。あうんの呼吸は通じない世界だから、自分の思った事は言わないといけない。これは海外にいる時の一番の違いだが日本の中でも最近は言わないとわかって貰えないような時代になった。結局風は止まず、4時に迎えに来たマイケルの車に乗って、家に戻った。残念な一日だった。こういう日もあるや・・・いい休日だったと 思おう。 |
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| 12月 8日(木) 起きた時風はそんなに強くないのだがそれからどんどん強くなり、昨日より強くなり、最高35.7ノットまでになった。マイケルは一日仕事のようですので、私は新聞と中国語の本とラジオと飲み物を持って裏庭のテーブルで中国語の新聞を読む、風が弱い時は蝿がどんどん来るし、風が強くなると蝿は収まるが新聞の紙が飛びそうで、大変。たけど緑の中で暖かい太陽と青空の下でゆっくり本が読めるのは気持ちがいい。午前中はそう過ごした。オーストラリアで売っているシンガポールの星島新聞はオーストラリアからシンガポール、マレーシア、中国、台湾までカバーしているから、モールに行った時は買うようになった。台湾からの本も持って来ているので、時間がある時に読んでいる。少しでも言葉を忘れないためである。インターネットでニュースを見ているが新聞は新聞で面白い。国際ニュースから中国語圏の国の情報、そしてオーストラリアのローカル情報、新聞の枚数は日本と同じぐらいだが読み手があった。庭にいると二匹の猫か時々尋ねて来る。猫とこんなに時間を過ごした事がないから猫の生活もよくわかった。午後も本を読んだり、インタネットで情報を仕入れたり、あっ、という間に夜、マイケルはマッサージとYMCAの打合せで10時過ぎに帰って来た。12月シドニーでのレースがあり、みんなで行く予定だったがこちらの2.4グループは不参加となった。近いと言っても300キロも離れている、行くとなったら7から8百ドルは出費する。パースまでの2.4の運び賃と2.4の借賃の問題がまだクリアーになっていないから、なるべくお金を節約しなくてはと、まあ、こっちでも週末レースがあるから、、まあいいや。 |
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| 12月 9日(金) 今週はなかなか風が強く思うように練習ができなかった。天気はとんとん回復して、朝夕は涼しい感じで、それ以外は夏、午前中は風がある日は朝からあるが、朝がなくても午後になれば風が出て来る。直射日光は朝よりも夕方の方が強く感じる、日影はとても涼しくて気持ちがいいが風のない日の下では帽子なしでは過ごせない。暑さに弱い人は1時間と持たないのでは、やっとフリースを着なくても過ごせる日々になった。マイケルが朝時間の余裕があるから練習をするなら準備をしてあげるよということで11時過ぎにYMCAへ、YMCAはサマースクールのボランテチィア講習会が始まっている。と言ってもマイケルの講習会でお手伝いしているメンバーの高校、大学生達。マイケルはマッサージあるから6時に戻って来ると艤装後、私が海に出て行くのを見て、職場に行った。風は7〜8M、10Mを越えるガスティーな風が次々襲って来る。いつものレース水面に行く、この人工湖は小さな山がすぐ近くあるから風はもろに地形に影響する。日本にはあまりないパターンだが強く風が吹いていると思うと急に風が落ちる、瞬間にですよ、たまにだったらわかるがここではよくある事のよう。まだこの時間では私だけ、私以外は定期的に湖面を回る観覧船が通るぐらい。休憩後のYMCAのボランティア達が出て来たから少し賑やかになった。 一人で練習している時はクロスホルド(風に向かって走る時)はジブとメインセールのリーチを細心の注意でチェックをしなから走っている。地形と風の状況を見て、タック(風に向かって方向を変える事)のポイントを考えて、フリーはサイドスティーを出し、メインセールを出来るだけ広く出せるようにする。マストを前に倒し、ジブのタックを緩める。フリーはこれでいままでより早いのが体感でもわかる。でもこれは上マーク回ってからの最初の作業なので、いままでも一番作業の多い忙しい時に更にする作業が増えたという事だ。それをできるたけ早くこなして行く練習を繰り返す。途中風が急速に上がったり下がったりで、本当にここは変化の富んだ所だ。集中力が切れたら止めるようにしている。2時間くらいだったので、海上で少し休憩、休んだらまた練習の再開、4時間過ぎたら疲れて来たので、ハーハーに戻る。YMCAのボランティア達も終わって既に片付けに入っていた。私が着岸すると、手伝いに来てくれた。暑くて天気がいい時、下は短パンで、Tシャツの上に半袖のオイルスキン(カッパ)を着る。上半身だけは濡れると体温か奪われ疲れるので、守っている。暑くて天気が悪いと、下半身のオイルスキンを穿く、あまり暑い日だと蒸れる。蒸れるのはとても不快ので、濡れて涼しい方を取る。レースの時間や体調、気温なとの環境によって決めている。2.4は水面から30センチしかないから風が強いとすぐ水飛沫が顔に来る。濡れても着替えればいいのですから。着替えて爽やかな気分で芝生の上で休むと安らぎと充実感か湧き出る。 YMCAのボランティア達が帰ると私一人、まもなくポールが来た。もう引退して70才のポールは夕方に車でディンギーを引いてハーバーにやって来る。一人でもくもくと艤装して、湖面に出て行く、1時間ぐらいセーリングして帰って来る。そして艤装を解いて片つけて帰る。セーリングが生活の一部であるのがよくわかる。家はすぐハーバーの近く、一生涯セーリングできるのはとても幸せな事だ。うまくなるのは徹底的に練習する事だとカナダのオリンピックチームは一日150回のスタート練習をするという。レースから帰ると今日は何が悪かったのか、必ず反省し対策を打つと、ポールから学ぶことが多い。クリスマスは二週間奥さんのいるスリランカに行くそうです。しばらくは夕方一緒にセーリングする仲間がいなくなるのは寂しい。 マイケルの友達で最近セーリングにはまったおじさんリックがいるのだが、よく電話で艤装の相談をしていたが今日はヨットクラブからYMCAにセーリングで来た、マイケルはまだ仕事で来ていないポールと三人で話はした。マイケルが着くと新しく変えた艤装をチェックするため、マイケルと一緒にセーリングに出た、私も誘われたがもう疲れたので、車の中で休んで待った。 |
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| 12月10日(土) 今日は一週間の中で一番早く起きる日。レースも午後からあるからしっかり朝食を食べる。サイドイッチを作った。片付けしていたら、食べる時間がなくなったので、車の中で食べた。午前中マイケルのセーリング教室の間は、本を読んでのんびり過ごした。天気が快晴で、風か強く、12Mでガス28.4ノットだった。11時から13時までマイケルは仕事が入っていて1時過ぎには戻って来ると、その間ピーターが艤装を手伝ってくれた。今日は2.4が二人のピーターにアンドウとキムと私の五人。 1時過ぎにやっとマイケルが現れ、艤装の手伝いをしてくれた、そしてチェックでそれが少し長かったので、スタートまで間に合わなくて、スタート後一分ぐらい遅れてスタートした。今日風が強いから参加艇も少ない。両ピーターに遅れた分は離されないように、頑張ってついて行った。二上で、マイケルがアンドウのボートで出てきて一緒に走ってくれた。最後のフィニシューのクロースはマイケルを離してでのゴール、結局スタートに間に合わなかった分は縮める事はできなくて、3位たった。この強風の中で走り抜いたので自信がついた。コーチは褒めてくれたが私は悪い所をどんどん指摘してほしいと言っているのに、、、。 オイルスキンーの首のマジックを絞め忘れていたので、そこから水が入って全身濡れたので、乾いた服に着替えてる間、5艇の2.4は次々上げられ、片付けられていく。着替えて、桟橋を見るともうほとんど2.4は陸に上がっていた。それからマストなどをばらし、艇庫に運ぶ、レース運営委員からレースの発表、やはり3位だった。ベストを尽くしたからとても気持ちがいい。まだ強く吹いている風さえもさわやかに感じた。片付けの途中で表彰式、今日は日頃の練習レースだったのでエントリー費も10ドルと安い、賞品も一位だけで、YMCAのロゴが入っているグラスカップ、予定では夕食があるはずだったが人数が少ないという事でキャンセルになった。みんなが帰った後、マイケルとピーターとポールが私のパース行きのいろんな方法を考えてくれた。借りたスチュアートが何もアレンジーしてくれなかったので、マイケルがみんなで智恵を出して考えよう会を作ってくれた。航空便、トラック、列車、ドライブのそれぞれのコストを出し、問題点も洗い出し、一番安い方法は汽車で運ぶことだとわかった。だがこれには三つの問題点がある、第一、シドニーまで運ばなくてはいけない。第二パースでの受け取りが必要、そして汽車では汚れるので2.4をラッピングしなくてはいけない。三つの問題をクリアーしてもパース行きだけで更に50万以上のお金が掛る。それぞれの問題点もコストもわかったので、みんなにお礼を言って、後は自分が決める。マイケルと家に帰る。北京の出場権は来年と再来年のワールド二回のチャンス、今回から二人乗りのUD−18が加わったので、2.4とソナーはそれぞれ三ヶ国減らされて、2.4とソナーは12ヶ国、UD−18は10ヶ国になった。今回のワールドでトップ6ヶ国か決まる。その6ヶ国に入る可能性だが、いまの私の実力では難しい。ならば今回のワールドを諦め、スキルアップの強化に努め、次のワールドで北京の出場権を取りに行こう、ちょうどワールドが終わる頃、セールメルホルンがあるから、マイケルもピーターも参加する、こちらはほとんどお金がかからない上、2.4の実力者達が参加する、ワールドにコーチ連れて行くと一日200ドルかかるが、メルホルンはコーチも選手だから、費用を出す必要がない上、私の走りのチェックが多少でもしてもらえる。今年から来年にかけてとにかく、スキルアップたけ考えよう、自分の中ではほぼ固まったが夜遅く、アドバイスを受けるためにヨットエイドジャパンの大塚さんにメールを出した。明日更に一日考えて、結論を出せばいいと思った。珍しくなかなか寝付かなかった。 |
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| 12月11日(日) 今日のヨットクラブのレースに2.4はだれも出る予定がないので私も出るのをやめた。パソコンを開いたら大塚さんからの返事かありました。自分と同じ考えだったので、今回のワールドの出場をあきらめる事にした。とても残念だけど、今回の遠征で大きな出費をしているので、これ以上の出費は難しい、限られている費用の中で最大限有効に使うしかない。決まったらもう迷いはない。関係者のみんなに連絡した。それから宿をキャンセル。マイケルは私の決断を応援してくれた。セールメルホルンできっといい勉強になるよと言ってくれた。 |
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| 12月12日(月) 大事な決断を昨日にしたので、今日はほっとしている。スチュアートとの交渉が残っている。ワールドに参加しないのだからチャーターの2500ドルを安くしてもらう交渉をしなくては、、、あまりやりたくないのだがやらなくてはスチュアートのきっかけでキャンベラに来たがチャーターボートを貸してくれただけで、他に何もしてくれなかった。チャーターボートの件たけでもクリアーにしなくてはと朝にスチュアートに連絡したら珍しく留守電ででなかった。話し合いの結果、納得はいかなかったが2000ドルになった。正直に言ってお金の問題ではない、いい人なのに約束した事に対してあまりにもルーズ、問い合わせた時なかなか動かなければビジネスをする相手ではないという事だ、いい勉強をさせてもらった。インターネットからセールメルボルンの参加申し込みをした。 |
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| 12月13日(火) 午前中はモールで足りない物を買い、そして歩いて家に帰る。明日は練習日だからその前日はあまり疲れないようにしたい。モールはもうクリスマス一色、サンタクロースと写真の取るコーナかあって、結構子供達に人気で並んでいる。私もシャッターを押したら怒られた。一人18ドルを取っての写真たから結構いい商売。日本と台湾に電話をする。夜はスコルピオン・キングを見る。先週から毎日のように映画かある、クリスマスが近いからの関係じゃないのとマイケルは言う。 |
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| 12月14日(水) 予報では昼近くから風が10Mまで上がり、ガスは24ノット、YMCAに行ったら、子供達のサマープログラムがもう始まっている。10人ぐらいの子供達が参加している。アテネパラで使ったセールを出す。アテネからもう一年以上その後は一度も使っていない。マイケルがチェックしてくれて太鼓判を押してくれた。マイケルはドラフトの浅いセールを好む、考えてみればセールはどんどん使うと延びて行くので自然的にドラフトが深くなる。最初に浅めのセール作ったら延びてもそんなに深くならないからいいのではと思ったが・・・。強風のコントロールはやっぱり浅い方がいい。 10時から午後の1時まで3時間、マイケルと一緒に走る。三角コースで走る。マイケルかチェックしてくれて、下マークの回航方法、ウィースカーの出し方、その時ジブはとのような状態にするのか細かく教えてくれた。それからマイケルは仕事に私は売店で東南アジアのあやしいカップヌードルを食べて、それから2時間ぐらい昼寝をした。そしてまた水の上へ、朝マイケルから指摘された事を頭で考えながら練習をする。いつものレース湖面で繰り返しの練習をした。 今日はキャンベラヨットクラブのトワイライトレースだから、5時過ぎると走る仲間か少しずつ増えて行く。マイケルは6時に戻って来ると言ったが6時になっても戻って来ていないので、練習を続けた。キャンベラヨットクラブのレースは6時に始まり、湖面は数十の多種のヨットが上マークに向かって走っている。こっちは邪魔しないで、下マークを回航してYMCAに戻る、途中でマイケルに出会う、また練習の再開、走りながらコーチがチェックしてくれる。遅いよと言われ、水草が絡んでいるはずだよとマイケルは言う。今回習った。ヨットをバックする方法をやる。そうしたら一束ぐらいの水草が浮き上がった。微風のウィスカーの使い方などを学んだ。練習が終わって水から上がったのが8時だった。片付けて9時、ピーターはまたいい時間に来てくれて片付けを手伝ってくれた。もう腹はぺこぺこ、米が食べたいなあ、できればジャポニカ米を食べたいがこちらの店にはない。こちらではほとんどがタイ米、マイケルと話し、夕食は中華にした。タイ米でもいいや。練習が充実した分、腹も減る。本物の中華と日本食が食べたい。特に炒めた野菜が食べたい。 |
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| 12月15日(木) 昨日の練習が結構長時間だったので、体中筋肉痛と疲れかまだ残っているので、こんな時家でゆっくり過ごすのが一番、でも一日中だとこれまた退屈になるので、マッサージの予約人数によって、マイケルは昼過ぎに帰ったり、また夕方になったりしている。午後の出勤する前にヨットショップに連れて行ってくれた。キャンベラは湖しかないので、ヨット人口はほかに比べて少ないから店もこじんまりとして品数も少ない、ジプシート、カムクリートやシャクル、ウィンテックスを買った。トラブルの元になるので、チャーターボートは乗って見て自分に合わない所の艤装で換えられる所はやり易いように換える。もう大分乗ったので、改良する箇所が多く、マイケルに言えばいいアドバイスをくれるから少しでも自分が走りやすいようにした。 店から戻るとマイケルは仕事へ、私はインターネットの溜まったメールの返信。6時過ぎにマイケルが帰って来て、冷蔵庫はたいした物がないから近くのモールに買物に行く、クリスマスが近いからなのかモールの店はまだやっていた。通常はもう6時には閉店だが今日は9時頃までに延長したようだ。フードコートで中華を食べた。欧米の中華はとても甘く、野菜もあまり入っていない。ほとんど肉の大盛りの中をできるだけ野菜が入っているのを頼む。まずくても米が食べたかった。それから映画のハリーポッターを見る事にした。見終わったのが12時だった。あれたけ騒がれて、私はそんなに面白いと思わなかった。 |
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| 12月16日(金) 一日家にいるのは疲れるがといって朝からずーとモールにいるのも疲れる。マイケルが朝から仕事で昼に戻って来る時は午後から一緒に出る。3時間ぐらいモールにいると疲れてくる。買物ならさっさと買って帰るのが一番疲れない方法だが、送ってもらう立場だから贅沢は言われない。モールに行く最初に新聞を買って、果物屋に安い目玉商品かあるかどうか、それからスーパー、スーパーはマイケルと一緒に行く事が多い、一人で行くのは自分が食べる物を買う時だけ。 マイケルが仕事終り今日は市内で食事するよと連れて行かれたのはイタリアンの店。入るとすでに十数人が入っていて、仕事関係のクリスマスパーティーだった。みんなに紹介されて食べ始める。 パンにサラダにパスターが数種類、夜遅く10時過ぎまで会は続いた。欧米人はパーティー好きでそれに良くしゃべる。こっちは1時間くらいもってもそれ以上はしゃべれない。 |
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| 12月17日(土) マイケルのセーリング教室は先週で終わったので、今日は遅めの9時の起床、メールをチェックし、クラブのウェーザー関係を見る。ガスが45ノットで17ノット〜35ノットの強風、ここに来てずーと強風続きで、パースの予行演習でちょうどいい、と言ってもパースにいかなくなったが。 メルボルンも強風のようですから、メルボルンは更に南極からの冷たい風と冷海水だからパースより冷たいはずだ。2.4は今日4艇、私とマイケルとピーターとアンドウ。障害を持っているのは私だけ、11時から艤装、ジブのカムのシステムを換えてもらった。それからバーバーホーラのシートも3ミリのシートに換えた。スタート前20分ぐらいマイケルか手伝ってくれて、桟橋を離れた。所が前線がちょうど通過中で物凄い風の中でレース水域に到着したが、レースは延期でハーバーに戻れという指示。やっと辿りついたというのに、、、でも心の中ではこれではレースできないからハーバーに戻ろうと思っていた。そんなに大きくない湖なのに50センチ以上もある波が次々襲って来る。タックする度にスプレーが全身に浴びせられる。たちまち全身びしょ濡れ、先ほどまでは晴れていたのでオイルスキンは暑くて来ていられなかった。ハーバーに戻るにはクローズでタックの繰り返しで、風が水をすくって波と一緒に顔に向かって来る。雨も降って来て、さっちまで青天白日だったのが真っ黒な雨雲が迫って来る。30分ぐらいかかってハーバーに戻った。風の方向を見ながら、艇を静かに桟橋に付けた。湖水の水は夏なのにとても冷たかった。 レースは風が落ちればすぐにでもやるので通常は待機の状態にするのだが、少し寒気がしたので風邪を引いてはとレースをあきらめすぐ上がって、乾いた服に替えた。その間前線が去り、天気は快晴に戻ったが風はまだ強いが大分落ちた。マイケルはニュージーランドのウェーリントン生れで、風が強い町で40ノット越えても平気でいつもセーリングしていたという。私が着替えて桟橋に戻るともうみんなレース海域へ出て行った。レスキューのボートでマイケルやピーターの強風での走りが見たかったがそのボートを待ってくれる予定だったがそれももう出て行った・・・とても残念。アンドウだけどうしょうかと迷いながらまだ出ていなかった。「いい経験になるから出て見たら?だめだったらすぐ戻ってくればいいよ!」と勧めた。アンドウはいったん出たがしはらくしたら戻って来た。あまりにも風が強いから戻ったという。僅かな時間だったが水がボートの中にいっぱい溜まっていた。ヨットを片付けながら思う。こうして乾いた服の心地よさ、太陽の暖かさがどんなにありがたいのか、いま頃レースでみんなびしょ濡れの中でコースを回っているのを想像した。今日は1レースだから1時間後ぐらいマイケルがその後すぐピーターが帰ってきた。マイケルのボートはコクピットのシートを支えるボートの金具が折れていた、ボート内は相当水が入っているから、結構大変だったのがわかる。でも、経験豊かなので、そんなふいんきを感じさせない。 もっといいオイルスキンを買う。いまのままで、メルボルンで走ったら、寒すぎる。ここキャンベラは夏で薄いセパレートでもいいがメルボルンではそうはいかないからと思った。4艇の2.4を片付け、家に帰りついたのが7時。シャワーを浴びる時間もなく今日はチャーターしたスチュアートの家で夕食をよばれているから、マイケルと荷物を置いてすぐ出掛けた。40分ぐらいのドライブ、入り口から家の玄関まで100Mは離れている。回りは森か牧場というような感じて、犬が3匹で猫が一匹、子供が二人でまだ小さい。母屋の横に工場がある。ここで2.4やフラインダッチマンを作っている。人里から離れているから何かあると不便な感じがする。こっちに来て家庭で食事するのが初めて、スチュアートは今回の不備を謝ってくれたがもう済んだ事だから気にしないと言った。ボートのチャーター代2000ドルを渡した。奥さんには日本の手染めのタオルを上げた。食事はローストしたビーフと付合せにグリルしたポテトとかぼちゃ、それにカリフラワー、デザートはアプリコットだった。とても美味しかった。家に帰りついたのが11時前、やっとハスタブに浸かって体を温めた。なんだかとても疲れた。 |
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| 12月18日(日) 昨日の強風の中での僅かなセーリング、体を冷やしてしまったのか、疲れか残っている。遅めに起きたがまだだるい感じが残っている。マイケルは午後からエリオットのレースに私は家に残る事にした。キャンベラは湖しかなく、それも人造湖で、水は思ったよりきれいじゃない。昨日濡れたオイルスキンやシューズや手袋そして短パンに下着は綺麗に洗って干した。湿度が低いから昼過ぎに干しても夕方には乾いている。持って来た本は読み終えたので、モールで買って来た新聞と、ネットで見る台湾の本かいまの楽しみ。昼間はあまりテレビが面白くないのでビデオ映画を見る。体が鈍るといけないから、ビデオを見る時はカーペットに座り、ストレッチなど上半身を鍛えながら見るようにしている。 |
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| 12月19日(月) 日記を毎日キチンと書ける人には本当に頭が下がります。先週ちゃんと書いたと思ったのに、ちょっと疲れて今日はいいやと休むとすぐ3日、4日と書くのを忘れて、あまり長くなると忘れるので3日ぐらいが限度。やっぱり日記は毎日寝る前にきちんと書くのが一番。だが寝る前はどうしても眠たいため、翌日何を書いたかわからないような内容になるので、寝る前は書かない事にした。寝る前以外で時間ができると書いている場合が多い。午前中はここ数日溜まった日記を書くが数時間では終わらなかった。 午後はすぐ近くのモールへ、食料がなくなったのと、新聞を買いたかったが近くのモールはなかったので、本屋さんを中心に探してみようと、そうしたらなんと家近くのモールの書店にある中国語の新聞の数が多いのです。どっちのモールも日本の新聞は残念だが捜しても見つからなかった。中国語の方はマイケルの職場の方がシンガポールの1社だけ、家の近くのモールはなんと6社もあった。2社分を買った。それからスーパーで、今日は奮発してオージビーフそれもTボーンと2枚で637g5.4ドルを買った500円くらいだから奮発とは言わないか、グリルしたらジューシーで柔らかくてとても美味しかった。これだけ安いのだがもっと日本に輸入するべきと思うのだが・・・。一枚200円だったらみんな喜んで食べると思う。日本でオーストラリアのTボンを見たこともない。スーパーの肉の値段を見ると日本はあまりにも高すぎる。 日本は野菜も豊富だから、冷凍野菜は買った事がなかったがこちらでは生野菜が高い上新鮮さに欠けるので、安い冷凍野菜を買っている。いつでも使えるのでとても便利だ。レンジーに入れて2分で食べられる、ビタミンは少なくなっているでしょうから大目に食べている。夜はテレビの映画を見て過ごした。毎日8時半か9時半か11時半かに映画がある。 |
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| 12月20日(火) 寝る前マイケルは南十字星の位置を教えてくれた。部屋の明りを消して、裏庭に出ると満天の星、別府でも星が良く見えるが森の中に住宅があるからそんなに明りはないので、空の明るさが逆に引き立てられる。感動的でした。宇宙にはこんなに星かあるのかって・・・。よく見ると明るさや色、みんな違う。いま自分が見ている光りは自分より生れる遥か昔の光であるのは理論的にわかっても納得てきるものではない。しばらくの天体鑑賞、いま自分が見えているこれだけ沢山の星で生物があるのは地球だけとは信じがたい。それだけ地球は素晴らしい星である事を再認識させられた。これだけ人類が地球を汚し、破壊してもまだなんとか六十数億の人間といろんな生物と植物を養っている。もっともっと大事にしないと地球のような条件の星は他にないのだから・・・。宇宙的な規模で物を考えたら、いまこの地球でいまだ起こっている戦争は本当にばからしくてしょうがない。そんな事を考えながら眠りについた。 |
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| 12月21日(水) 朝の予報を見ると、最低気温9度、最高気温33度、一日の中でこのような最高と最低は日本ではほとんどありえない。気を付けないと風邪を引いてしまう。この夏では一番の暑さ。今日はコーチング日であるがマイケルのマッサージの予約が結構入っている。私が来る前にマッサージの免許を取り、あまりお客がいなかったが少しずつ増え、私が来た週は一番多かった。その上この暑さでも、一日海の上でも辛い。今日のコーチングは中止になった。私がいるのは一時期だけで、コーチングはコンスタントに仕事が入らない、その時、マッサージが飯の種になるから、私も強く言えない。 昨日買った新聞を読む、ここオーストラリアで売っている新聞の活字はみな旧漢字になっている。新聞の内容はどれもオーストラリアプラス中華圏のニュース、中国、台湾、香港、シンガポールなどそれぞれ仲良く紙面が割り当てられている。当事国から離れた世界に住んでいればただのニュースとして受け入れられているのでしょうか、中国の人かとんどん海外に出ている現状、簡字体の新聞がないのは必要ないという事でしょうか、それとも早くから来ている旧漢字の人々が力を握っているからなのか、いまの私にはわからない。全部読み終えたのはもう午後になっていた。窓の近くに寄ったら外はいかに暑いのがわかる。猫もぐったりと寝ている。部屋の中に入れば33度の暑さは感じないが陰のない所は陽射しが強くて長居はできない。湿度が低いからほとんど部屋の中はエアコンなしでも過ごせる。日本の蒸し暑さはサウナーでしか体験できない。所か変れば本当にいろんな常識か変る、不思議である。だから旅は面白い。 |
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| 12月22日(木) クリスマス休暇、早い人はもう今日から休んでいる。マイケルはマッサージだから休みは土・日であとはお客様次第、ピーターのように全然休まない人もいる、ピーターは設計関係の仕事をしている。人それぞれまちまちのようです。休みになるとニュースでシドニーの海岸に警察がパトロールしている。つい最近オーストラリアの白人と中東の人と大掛かりの衝突があったみたいで、暴徒化した人々が車を燃やし、町を破壊して回った。警察の不能が問われ、それで政府が徹底的の乗り出した訳。人種差別、同じ人間なのに、、、この問題はとこに行ってもあるようです。一番酷いのがアメリカだが、オーストラリアもやはり論外ではないようだ。ただ町にいるとさまざまな人種がいるのがよくわかる。生活の中でもいろんな民族が浸透している。それでも、あるのですね。幸い、オーストラリアに来て差別を受けたり、いやな思い出はした事ない。これからもうない事を願う。昨日の暑さに比べ、朝少し曇っていたせいか涼しい。 夕食後は1925年に作ったベンハーを見る、白黒で音楽が入っているだけ、無声映画で、場面場面に英語の字幕説明が入る。チャルズへストンのベンハーと比べたら、地味だが暖かさを感じた。 |
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| 12月23日(金) マイケルは今日予約かいっぱい入っている。午後の出勤でまたモールで降ろして貰う。いつものように中国語の新聞を買う。読む本はもうなくなったので、モール外にある中華のレストランでチャーシューやローストダックをたまに買って帰る。こういったものは日本の半値以下で食べられる。スーパーでインスタントラーメンを買う。いまこっちの食べ物ばかりだったので、ひさしぶりのラーメンはとても美味に感じた。豚骨味のスープ、白菜と卵とチャーシューやロースまたはダックを入れたら最高だった。3日間の昼はこれだった。美味しかった。もっと買って置けばよかったと悔やむ。「また行けばいいじゃない」とマイケルは言った。でも、今日行ったスーパーは、メルボルンから帰るまではいかないので(マイケルの仕事場の近くのモールだから)、近くのスーパーでも置いてあるか今度行ったら気をつけて見てみよう。 夜はヨット仲間のピーター夫婦と娘さん、ポールにマイケルと私の六人で、市内のイタリアンでクリスマスの食事をした。こちらの外でチャンと食事したら、必ずデザートと聞かれるが、そこをじっとがまん。(甘いのは大好きだから)。最近体が軽くなって来ているので、これ以上増やしたくないからね。10時過ぎに解散。どの店も人がいっぱいで、帰る駐車場の前に若者がいっぱい並んでいた。それは近くのただ一軒のバーの前から長者の列だった。歩いている人はみな着飾って、貰ったばかりのプレゼントを持っていた。みんなクリスマスパーティーの帰り。 |
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| 12月24日(土) ここ数日でテレビやラジオや会話でボクシングデーを聞く、ボクシングの試合でもあるのかと思ったがそうではなく、クリスマスの前日はボクシングデーという。日本では前日の夜をイブはいうがボクシングデーとは聞いた事がない。クリスマスの前日にイギリスで昔使用人や郵便配達人などに贈り物をした。箱に入れてプレゼントをするという事でボクシングデーとなった。いまはプレゼントの対象が広くなり、贈り物の日となったようだ。 マイケルに聞かれた、日本はクリッシャンどのぐらいいる?クリスマスを祝うのかと聞かれ、答えるのに躊躇した。クリッシャンはたしか人口の1パーセントぐらいで、でも日本中クリスマスは祝う、といってもイエスの誕生を祝うのではなく、クリスマスツリーを飾り、家族や親しい友達にプレゼントしたり、友達でクリスマスパーティー開いたりしている。子供が生れた時は神道、結婚は教会で、死ぬ時は仏教と話したら、笑っていた。マイケルはクリッシャンのようだけど、教会も祈りも聖書を読むのもしていないのはどうだろう、、、、信じているなら私も神様を信じる、でもそれはイエスでもアラーでもブッダーでもない。何教なんて人間が作った物で、本当の神様は寛容だと思う。宗教の話になると何千年も戦争が続くくらい難しいのでこのぐらいにする。イブの夜はセールメルボルンで使うヨットとヨットを乗せる船体の整備で終った。 |
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| 12月25日(日) 今日はクリスマス、夏のクリスマスは初めて、と言っても特別に何かある訳でもない。マイケルの友達の家でホームパーティーに行くだけ、マイケルの家のパソコンはADSLでインターネットに繋がっているので、いつでも見られるからとても便利、時間ができた時すぐメールをチェックしたり、いろんな情報がすぐに手に入るからとても有難い。ひまの時は台湾の雑誌を読む事もてきる。 午後からホームパーティーに参加するための一品を作る。マイケルはいろんな野菜やフルーツが入っているサラダを作った。それに飲み物とお菓子などをもって、4時に出発、友達の裏庭に入り、9人の親しい友人に紹介され、飲み物を飲んだり、雑談したり、ゲームしたり、その間いろいろと食べ物が出る。そして、メインの食事はローストビーフやポークにいろんな野菜。そしてデザートと続く、8時ぐらいから多くのメンバーが好きなダンスの世界選手権を見る、9時半に家に帰りつく、パーティーは苦手だから疲れる。 |
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| 12月26日(月) 11過ぎからロレックスのシドニーハーバーからタスマニア3日間のレーススタートの放送を見る。ハンリーキャップレースなので先頭は大型艇、後方ちょっと離れた所に小型艇が同時にスタート、オペラハウスの近く、2004のシドニーパラで戦った所が映像に映され懐かしい画面だった。30分ぐらい見て、練習に行く、今日ピーターもアンドウも4人での練習、クロスは少し遅れる。フリーでは少し差がある。マストを前に持って行く、サイドスティーの移動、風の強弱、ブローの中でとてもいい練習かできた、新しい課題ができたので、それを乗りこなさなくては、いまは頭でわかっても手がまだついていけない状態、練習の繰りかえりしかない。陸に上がったのがもう夜の7時半だった。疲れていたがいい練習ができたのでとても気分がいい。 |
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| 12月27日(火) 11時にハーバー到着、先の私の艇が艤装終り、マイケルがチェックしてくれた後、私が乗り込む。上下のマークのショートコースで1時間ほど、マイケルの艇も艤装が終わったので2艇での走り比べ、風は4〜5M一番走りやすい風の中でクローズではついて行けた。後半マイケルがチェックしてくれて、マストがまだ真っ直ぐになっていなかったので、それを直したらいいスピードで走れた。湖の中を帆走した。近くの橋を超えた事がなかったので、今日は超えて、更に奥くへ、もう一つの橋、その橋は2.4では超えられない低さだったので、そこで折り返し、ハーバーの手前で、ショートコースを20往復して練習は終わった。 昼抜きだったので、お腹ぺこぺこ家に帰り着いたのはもう9時、先にお腹を満たして、それからゆっくりとバスタブに浸かった。鏡を見たら、顔は一段と黒くなった。疲れたのでパソコンでシドニー・タスマニア間のレースの最新結果を見て寝た。 |
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| 12月28日(水) 始めての3日連続の練習、ここずーといい天気続きで毎日35度前後、朝はまた涼しいが夜は涼しくなくなって来た。ただエアコンは使う必要はない。寝る前はふとんがいらないが、夜中にほしくなる。11時に家を出る予定でしたが日記が書き終えそうにないので、12時出発にしてもらった。日記を書き終え、ブランチをしっかり食べて出発、ハーバーに着き、艤装を始めると風がとんどん上がり、マックス40ノットだったので、風が落ち着くまで休憩する事にした。陸の上での強風はあまり関係がない、逆にこんな暑さの中で風が涼しさを運んでくれる。この風がないと暑さはたまらなくなる。でも風もだんだんと暑くなってきている。もういくら寒くてもフリースを着る事はない。3時過ぎ風はまだ強いが少しずつ落ちてきているので、マイケルは出る準備をしている。どうする、強風の練習かてきるのだから、不安を克服するために出る事にした。日本のガスは強くてもプラス2割から3割、ここのガスは倍の風か多いからとても強い風が急に来て、急に去って行くその対処が難しい。 長い湖に対してちょうど上下になっているので、湖をいっぱい使っての練習、フリーでのバックスティーの使い方、フリーでのガスに対してのメインシートの使い方はいままでした事がなかったので、大変な収穫を得た。細かい収穫はとにかく練習に出る度に驚きの連続だった。一つずつ消化して自分の物にしていこう、メモして忘れないようにと思っている。フリーの走りは格段と早くなったのは自分でもよくわかる。走り比べに負けていないので、後は練習一つ一つの手順を確実こなせるようにやろうと。自分の一番の欠点である強風時、何かを行う時体がぶれるその時走りが一瞬悪くなる。ふれないようにてきるだけ素早く作業をする、あとは練習を繰り返すのみだ。クロスでも大きな収穫があった。10Mを越えるとメインが良くばたつく、ジブとメインのバランスか悪いためだったのがうまく修正できるようになった。3時間半ほど練習して陸に上がった。持って来た水を全部飲み干したので、喉がとても渇いた。陸に上がって達成感に満たされ、強風で躊躇していた数時間前が嘘のようだ。ピーターがまた終わる時間を見計らって、手伝いに来てくれた。 8時過ぎにハーバーを出た。あまりにも喉が渇いたので、家に着いたら冷たい水をあまりにも美味しいので1L飲んだ。アルコールの好きな人だったらここでビールをきゅっと、、、って言うでしょうが安上がりでよかった。それから夕食作り、ラムのステーキに山盛りのフルーツ入りサラダ、それにデザートがマンゴ、いちご入りヨーグルド。腹を満たして、濡れた短パンを脱ぎ、やっとじめじめと濡れたいやな気分から解放され、一日の疲れを流した。3日間続きの練習たったので、少し疲れか残っていて、明日はピーターも練習に加わってくれるので、スタートの練習をする予定です。スタートはただジャストスタートでは意味がない、トップスピートでラインを切れるようにその練習は明日、少しだけテレビを見て、日記を書き上げ、11時に就寝。タックする度に船体に当っているので、左と右の肘が痛む。背中の筋肉も痛む。ベットに横たわって、平原綾香のジュピターと中島美嘉の冬の華を聞いてすぐに夢の中。 |
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| 12月29日(木) 8時半に起きた。それから日記をまとめたりして、朝食兼昼食のブランチを食べ、ハーバーへ。あまりにも暑く風もないので4時過ぎ帰る事にした。少し疲れ気味たったので、ちょうど良かったかも、ヘリコプターが盛んに飛んでいる。すぐ先の湖の水を吸い上げて、一分くらいで南の方に飛んでいった。それを二機のヘリコプターが数回往復していた、南の方を見ると森の上空に煙が上がっていた。暑くて乾燥しているので、オーストラリアでよくニュースで見る、どこそこでブッシュー・ファイヤと今日はブシューではなく森だったが・・・。 とても暑いか家の中はまだ我慢ができるぐらい。ふっと今年はどんな年だったのたろう、振り返る暇はいくらでもあったのに、あっという間に終わろうとしている。幼い頃の一年はとても長かったような気がしたのに同じいまの一年は何故かとても早く過ぎてしまうのを感じる。暑いのにだらだら流れる汗はない、すぐ蒸発してしまうから。今日は余裕かあるから早めの風呂に入って、8時半やっと日が沈んで、風が涼しくなって、とても気持ちのいい時間帯になった。 |
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| 12月30日(金) 今年も後残り一日となった。そして、私の在豪期間、その半分の日程も過ぎ去ろうとしている。昨日の天気予報ではキャンベラは変らず35度でオーストラリアで二番目の暑さ、一番暑いのはアデレードで37度、パースは23度だった。天気がよくないのか、あまりにもの低温だった。 日本も年末の休みに入っている、海外、国内と総移動が始まりそう。オーストラリアはクリスマスが終り、一段落といった感じで後明日の2005年のカウントダウーンで最後の盛り上がりが残っている。 |
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| 12月31日(土) 朝なのに暑くてたまらない。最高気温は38度の予定、朝の8時ぐらい普通ではまだ爽やかだがこっちは太陽か出たらもう暑くなって来ている。風もひんやりではなく熱風になっている。ここに来てはじめての体験、本当に暑く感じたのだ。昼間はとにかく何もしたくないし、何もできないといった感じで。昼寝するが暑くて目が覚める。日が落ちる8時過ぎまではこの調子こんな感じがずーと続くのかと少し心配になった。いくつかのスペッシャルを見る。 シドニーのハーバーブリッジではカウントダウーンで花火が上がる、そのために朝からブリッジの周りに人々が集っている。日本では年配の人は紅白歌合戦、わが家の台湾の実家も衛星放送の恩恵をあずかりきっと父も母も見ているでしょう。オーストラリアは特別の番組でオリンピック会場でいろんなイベントがあるようです。去年は台湾総統府のステージの前で人気歌手の歌を聞き、カウントダウーンの仲間入りをしていた。キャンベラではテレビを見ながら、カウントダウーンの前に寝た。 |
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